フランスで2026年7月、国内で使用が禁止されている農薬成分の一部について、特定の農作物に限って例外使用を可能にする農業法案が議会を通過しました。
中心となっているのが、アセタミプリド(acetamiprid)とフルピラジフロン(flupyradifurone)です。
フランス国民議会は7月20日に296対224で法案を可決。翌21日には上院も214対111で可決し、議会での審議は終了しました。
ただし、「フランスが禁止農薬を全面的に復活させた」と理解するのは少し違います。
今回の仕組みは、対象となる農作物を限定したうえで、フランス食品環境労働衛生安全庁(ANSES)が条件を確認し、例外的な使用を認めるというものです。
しかも、2026年8月13日時点では法律をめぐる憲法審査が続いています。
つまり、今回のニュースは単純な「農薬解禁」ではありません。
フランスではいま、
農薬による環境への影響をできるだけ減らしたいという考え方と、農家の収量や国際競争力をどう守るのか
という二つの問題が正面からぶつかっています。
ネオニコチノイド系の殺虫剤。植物に吸収されて全体に広がる「浸透移行性」があり、アブラムシなどの害虫の神経系に作用して防除します。EUでは現在も農薬の有効成分として承認されていますが、フランスではネオニコチノイド系農薬の使用を原則禁止しています。ミツバチなど花粉媒介昆虫への影響が論点になるほか、EFSAでは発達神経毒性に関する不確実性も踏まえ、安全性評価や残留基準の見直しが進められています。
ブテノライド系に分類される浸透移行性の殺虫剤。アブラムシやコナジラミなどの吸汁性害虫を防除するために使われ、昆虫の神経にあるニコチン性アセチルコリン受容体に作用します。ネオニコチノイドとは化学分類が異なりますが、昆虫の神経系に作用する点では共通しています。EUでは農薬の有効成分として承認されています。一方、フランスでは使用が禁止されており、2026年の法案ではテンサイ、リンゴ、サクランボへの例外使用が議論されています。
具体的にどの農薬を、どの作物で使えるようにするのか?
今回の法案で対象になっている作物は限定されています。
アセタミプリドについてはヘーゼルナッツ、フルピラジフロンについてはテンサイ、リンゴ、サクランボです。
しかも、農家が自由に使えるようになるわけではありません。
法案ではANSESが例外を認めるための条件として、深刻な害虫などによって生産が脅かされていること、代替手段が存在しないか明らかに不十分であること、代替技術を研究する計画が存在することなどが定められています。
さらに、最新の科学的知見と使用方法を踏まえ、「人の健康に重大なリスクを生じさせず、環境に重大かつ不可逆的な影響を与えない」と判断できることも条件になっています。
例外の期間は基本的に1年間で、最大2回まで更新可能です。
法律上のこの特例制度自体も、公布から3年後には失効する設計になっています。
そのため今回の制度は、農薬を恒久的に全面解禁するというより、特定の農業分野に期間限定の逃げ道を設ける制度と見るほうが実態に近いでしょう。
ANSES(アンセス)は、フランスの公的なリスク評価機関です。正式名称はフランス食品環境労働衛生安全庁食品、農薬、化学物質、環境、労働衛生などについて科学的な評価を行います。今回のフランスの農薬問題では、アセタミプリドやフルピラジフロンの例外使用を認めるかどうかを、安全性や代替手段などを踏まえて審査する重要な機関です。日本でたとえるなら、分野はまたがりますが、食品安全委員会や農林水産省・厚生労働省の一部機能に近い役割と考えると分かりやすいです。
なぜフランスでは禁止されている農薬を復活させようとしているのか?
大きな理由のひとつが、EU域内での農薬規制の違いです。
アセタミプリドはネオニコチノイド系の殺虫剤です。フランスでは2018年からネオニコチノイド系農薬の使用が原則禁止されています。
一方、EUレベルではアセタミプリドの有効成分としての承認は現在も続いており、欧州委員会の資料では2033年まで承認されています。
ここにフランス農家側の不満があります。
フランス国内の農家には使用できない農薬でも、他のEU加盟国では使用できる場合があります。
その農薬を使って生産された農産物がEU域内市場で競合すれば、フランスの生産者から見れば、
「自分たちだけ厳しいルールで生産しなければならない」
という状況になりかねません。
実際、2026年7月の上院審議でも、法案支持側からはフランスだけが厳しい規制を続けることによる競争上の問題や、害虫への有効な代替手段が少ない農家の事情が訴えられました。
特にヘーゼルナッツやリンゴなどでは、害虫被害による収量低下を防ぐ手段を求める生産者が法改正を支持しています。
一方で養蜂家や環境団体が強く反対
一方、強く反対しているのが環境団体や養蜂関係者などです。
アセタミプリドはネオニコチノイド系殺虫剤で、昆虫の神経系に作用します。
ANSESが公開しているアセタミプリドを含む農薬製品の情報を見ると、「ミツバチに危険」とされ、開花中やミツバチが活動している状況での使用制限などが設定されています。水生生物や非標的節足動物を保護するための使用条件もあります。
そのため養蜂関係者にとって、農薬規制の緩和は単なる農業政策ではありません。
農作物を受粉するミツバチをはじめとする花粉媒介昆虫への影響に直結する問題だからです。
ただし、ここで注意したいのは、「使用すれば必ずミツバチが大量死する」や「食品を食べれば健康被害が起きる」と単純化できる問題ではないことです。
農薬のリスクは、その物質そのものが持つ有害性だけではなく、使用量、使用方法、曝露量、散布時期などによって変わります。
今回の法案でも、だからこそANSESが使用方法や環境・健康へのリスクを評価したうえで例外を判断する仕組みが盛り込まれています。
アセタミプリドの安全性についてEUでも再評価が進んでいる
「EUで承認されているなら問題ない」と単純に言えるわけでもありません。
欧州食品安全機関(EFSA)は2024年、アセタミプリドについて、発達神経毒性などに関する不確実性を踏まえ、毒性学的基準値を引き下げる方向の評価を示しました。これを受け、EUでは一部食品の残留農薬基準を引き下げる動きも進んでいます。
つまりEUでも、
「使用を認めるか、禁止するか」
という二択だけで農薬を管理しているわけではありません。
新しい科学的知見に応じて、使用条件や食品中の残留基準などを見直していく仕組みになっています。
フランスで起きている議論も、この大きな流れの中にあります。
実は2025年にも「アセタミプリド復活」が問題になっていた
今回のニュースを理解するうえで欠かせないのが、2025年の出来事です。
フランス議会は2025年にも、いわゆる「Duplomb法」でアセタミプリドを再び利用できるようにする規定を可決しました。
しかし2025年8月7日、フランス憲法評議会は、この農薬に関する規定を違憲と判断しました。
当時の制度は対象となる農業分野や期間などの制限が十分ではなく、環境保護に関する憲法上の要請を満たしていないと判断されたためです。
そこで2026年の法案では、前年よりかなり細かい条件が設けられました。
対象作物を限定し、ANSESによる審査を入れ、代替手段が不十分であることや研究計画の存在を求め、1年ごとの例外としています。
いわば、2025年に憲法評議会から指摘された問題を踏まえて、より限定的な形で農薬の例外使用を認めようとしているわけです。
2026年案もまだ決着していない
ここが今回のニュースで最も重要な点です。
2026年7月21日に議会で可決されたからといって、すべてが確定したわけではありません。
60人を超える国会議員によって憲法評議会へ審査が申し立てられ、2026年7月24日に「2026-914 DC」として受理されています。
2026年8月13日時点で、憲法評議会のウェブサイトではこの案件はまだ審査中です。
つまり今後、
法案がそのまま認められる可能性もあれば、農薬に関する部分だけ再び違憲と判断される可能性もあります。
2025年にも農薬条項が一度退けられているだけに、今回の「より限定された例外制度」が憲法上十分な安全策と評価されるのかが大きな焦点です。
環境相が辞任を表明するほど政治問題に
論争は農業界だけにとどまっていません。
法案可決後、フランスのモニク・バルビュ環境移行相は農薬条項への反発から辞任の意向を表明しました。
その後、エマニュエル・マクロン大統領との会談を経て職務を続けることになりましたが、政府内部でも農薬政策をめぐって意見が割れていることが表面化しました。
フランスでは、
農家を守る政策と環境政策をどう両立させるのか。
この問題が大きな政治テーマになっています。
このニュースはオーガニック農業とどう関係する?
今回の法案は、フランスのオーガニック認証そのものを変更する法律ではありません。
EUの有機農業では、病害虫対策に使う物質についても、欧州委員会が有機生産向けとして事前に認めたものを使用するという別のルールがあります。
そのため、「フランスで農薬規制が緩和された=フランス産オーガニック食品でも同じ農薬を使えるようになる」という意味ではありません。
それでもオーガニックに関心がある人にとって、このニュースは重要です。
なぜならフランスで現在争われているのは、
農薬を減らす農業へどこまで移行できるのか、その途中で農家の収量や所得をどう守るのか
という問題だからです。
環境負荷を下げる政策だけを進めても、農家が経営を続けられなくなれば農業そのものが維持できません。
一方で競争力だけを理由に環境基準を下げ続ければ、農薬削減や生物多様性保全という政策目標との矛盾が大きくなります。
フランスの農薬論争は、その難しさをかなり象徴的に表していると言えます。
アセタミプリドとフルピラジフロンは日本でも使われている?
フランスで使用をめぐって大きな議論になっているアセタミプリドとフルピラジフロンですが、日本ではどちらも農薬として登録されています。
ただし、使用できる作物の範囲には大きな違いがあります。
アセタミプリドは日本のさまざまな農作物で使用できる
アセタミプリドは、日本では1990年代から農薬として登録されており、「モスピラン」などの商品名で販売されています。
農林水産省も、アセタミプリドについて「さまざまな農作物に使用されている」と説明しています。
現在の農薬登録を見ると、かんきつ、りんご、なし、もも、ぶどう、かき、うめ、おうとうといった果樹だけでなく、麦類、とうもろこし、ばれいしょ、大豆、きゅうり、すいか、かぼちゃなど幅広い作物に使用できる製剤があります。たとえば「モスピラン水溶剤」では、作物や害虫ごとに使用時期や回数、希釈倍率などが細かく定められています。
つまり、フランスでは原則禁止され、特定作物への例外使用が大きな政治問題になっているアセタミプリドが、日本では現在も複数の農作物に使用できるという違いがあります。
ただし、「登録されている」ことと「日本の農家がどの程度の割合で実際に使用しているか」は別です。農薬登録情報から使用可能な作物は確認できますが、農家全体の使用率まで示すものではありません。
フルピラジフロンは日本では主に水稲向けに登録
フルピラジフロンも日本で農薬登録されていますが、アセタミプリドほど幅広い作物への登録は確認できません。
農林水産省の農薬登録情報では、フルピラジフロン4%を含む「シバント箱粒剤」が2015年12月に登録されています。現在確認できる用途は水稲の育苗箱で、イネドロオイムシやイネミズゾウムシの防除を目的として、田植え当日に育苗箱へ散布する使い方です。使用回数は1回とされています。
そのため、日本でもフルピラジフロンを使用できるものの、少なくとも現在の農薬登録を見る限り、アセタミプリドのように果物や野菜を含む幅広い作物で使われている農薬とは位置づけが異なります。
フランスでは2026年の法案で、フルピラジフロンをテンサイ、リンゴ、サクランボへ例外的に使用することが議論されています。一方、日本では農薬ごとに認められた作物、害虫、使用量、使用時期、回数などに従って使用する仕組みです。
同じ農薬でも、「EUで承認されているか」「フランス国内で認められているか」「日本でどの作物に登録されているか」はそれぞれ別の話です。フランスの農薬問題を見るときは、「海外では禁止なのに日本では使っている」と単純化するのではなく、国ごとの農薬登録制度や使用条件まで見る必要があります。
日本から見ると「農薬か無農薬か」だけでは分からない
日本では農産物について「農薬を使っているか、使っていないか」という二択で語られることがあります。
しかしフランスの今回の議論を見ると、実際の農薬政策はもっと複雑です。
ある農薬に環境上の懸念があるとしても、その農薬を禁止した場合に代替手段があるのか、農家の収量はどうなるのか、外国産との競争条件はどうなるのか、限定的な使用ならリスクを管理できるのか、といった問題を同時に考える必要があります。
だからこそ、「農薬=悪」「農薬を認めれば農家が救われる」のどちらかだけで結論づけると、本質が見えにくくなります。
フランスで起きているのは、まさにその難しいバランスをどこに置くのかという議論です。
まとめ:フランスの禁止農薬問題はまだ決着していない
2026年7月、フランス議会はアセタミプリドとフルピラジフロンについて、特定の農作物で例外使用を認められる農業法案を可決しました。
対象は、アセタミプリドがヘーゼルナッツ、フルピラジフロンがテンサイ・リンゴ・サクランボです。
ただし全面解禁ではなく、ANSESの審査、代替手段の有無、環境・健康リスクなど複数の条件を満たした場合に限られます。例外制度も3年間の時限措置です。
農家側ではEU他国との競争条件や害虫対策を理由に必要性が訴えられる一方、環境・養蜂関係者からは花粉媒介昆虫や生態系への影響を懸念する声が上がっています。
そして2026年8月13日時点では、憲法評議会による審査が続いています。
フランスが今回の限定的な例外を認めるのか、それとも2025年に続いて再び農薬条項を退けるのか。
フランスの農薬政策を考えるうえで、次の憲法判断が大きな分岐点になりそうです。
